現状と目的
- mama sono

- 2 日前
- 読了時間: 5分
澱と葉にお店はまだ無い。
実は、今お店のように行っている場所は、自宅兼アトリエKOMOという場である。そこを間借り中の認識だ。(もはや乗っ取りに近い)
KOMOというのは、詩子の事業であり、リネン生地の端をフリンジ加工し、ストールという商品にするアトリエだ。
僕の生まれは青森市であり、育ちは八戸である。
父方の祖父母は五所川原にあり、位置関係でいえば、
生まれは澱と葉から車で1時間くらいの場所、育ちは2時間くらいの場所、父方祖父母は15分くらいの場所だ。
なので、鶴田という場所そのものは、僕の縁とは遠い。
そもそも、僕は青森にいる時も、八戸にいる時も、東京にいる時も、自分の場所に居心地の良さというか、居場所的なものを感じていないので、個人的にはどこにいても家か、部屋に引きこもっているのではないだろうか?
実際に、料理をしていこうと思った時も自分の店を持つという明確な意思や覚悟は無かった気がする。
(店というものは、土地に密接だ。この話はまた今度。)
だからといって、ホテルやレストランでの料理長やシェフ的ポジションに憧れを持ったかというとそれも無い。
ただ海外に行ってみたい。世界遺産とか綺麗なものみたいという気持ちだった。
つまり、世の中や社会をよく知らないまま働きに出たのだと思う。
今思えば、周りの大人や、母はそのことに対して口を酸っぱくして、注意喚起していたように思うが…。
どこか、幻想や妄想に心を奪われていたのか、もしくは言葉が入らなかったのか。
とにかく、腑に落ちるということがないまま働きに出てしまっていた。
つまり、独立するという意思、出世して成り上がろうという欲もないのだ。
大げさに言うと、自由を得る為に料理人を選んだのだろう。
では、なぜ澱と葉をやっているのかというと、これはもう消去法だった。
働きにでても戦力にならない、疲弊してしまう、人と一緒にいられない。いろんなものに不満がある。
こんな精神状態ではどこにいても生活が成り立たなかった。
そんなとき、僕の話を理解しようと聞いてくれて、本当に実現可能な方法を提示してくれた詩子がいたからこそ澱と葉は出来たことだった。
詩子曰く、「自分は料理をしないからキッチンが余る。
そこまでやりたいことや、鬱憤が溜まっているなら自分でやってみたらいい。場所を貸すから。」
このように言われれば、やらないわけにはいかない。
やってないのに、グチグチ言うのはダサい。
食べたことのない料理を、あれは不味いモノだというのは、どれほど愚かしいか。
(余談だが当時、経営やデザインなど、事業運営に必要なものは詩子がやってくれるものだと勘違いしていた。いざやってみたらアドバイスくらいのもので、全部自分でやらなければいけない状況に騙されたような気分になったのだが。今思えば、それこそが自由への切符だった。)
なので、「やってみたらいいってどういうこと?」と思いながら、澱と葉という名前もつけて、その場所に寄生するように、イベントから始めたのが澱と葉だった。
最初は、料理コンプレックスもあり、当時の働いていたところではドリンク担当だったので、お茶やワインを主軸にしたイベントを開催した。4人ほど詩子の友人がお客としてきてくれた。
今でもだが、その時から暇な時間も多く。
(鶴田町は静かだったこともあるが、)
やっと自分のことに真剣に向き合えた気がする。
社会に対しての認識の誤ちや、自分の意思、やりたいこと、やれること、やれないことなど。
澱と葉という名前をつけた後の8年間は、自分のことを知る旅だった。
僕は、丿貫とニコラ・ドゥ・ボンヌフォンに感銘を受けている。
赤い大傘1つで自身の世界を顕現させる丿貫。
「キャベツのスープは完璧にキャベツの味がするべきだ。」という言葉を残したボンヌフォン。
どちらも自分の理想を象徴とするようなモノだ。
僕は、自分の世界を顕現する為、その解像度を上げる為にレストランが必要だと考えているが、レストランという箱を求めているわけではない。(夢のない話だが、僕にとって結婚もそうだ。結婚がしたいという欲求があったのではなく、結婚をすることによるメリットと手段が必要だったから、結婚をした。愛の有無など結婚という形式には左右されないだろうと信じている。)
同様に、何を食べているか分かる料理というものに強い憧れがある。
これは、素材感を追求したいという話ではない。
何を食べているか分かるというのは、何を食べさせたいかが明確だということだ。(小泉構文のよう)
そこには意志が宿る。
この二つは非常に哲学的だけれども、強い指針がある。
これが出来れば、どこでだって”料理”が出来る。
畑でも、人の家でも、山奥でも、野原でも。
哲学に傾倒するのは弱い人間だと言うものもいる。それはそうだろう。強ければ意思を通せる。
旨いモノが正義だと言うものもいる。もちろんだと思う。
世界に認められたい、たくさん稼ぎたいという人もいる。良い目標だ、何者にでもなれるだろう。
僕は人に対して否定していない。
料理は懐が広い。料理をツールとして見ることも、ビジネスとして見ることも、生き方として出来るのも、それは料理自体が全てを飲み込める寛容さがあるからだ。
僕は自由に料理を楽しみたい。
来てくれるお客様には、その人に何か持ち帰ってもらいたい。有益であり、豊かになれるようなものを。
その為に料理を続けたいと思うのだろう。
これは、僕の現状と目的だ。
蛇足。
つまり、レストラン計画は本当に少しずつしか進んでいません。物件を見ても良いと思うものが見当たらず。
現在は、畑の隣の土地が使用可能かどうかの確認待ちです。何か進展があったらまたお知らせします。
お待たせしてすいません。ここから3年以内になんとか…!


コメント